供述調書  
平成九年七月五日付   平成九年七月十日付
平成九年七月七日付   平成九年七月十三日付
平成九年七月九日付   平成九年七月十七日付

*少年法の精神を尊重するためにあえて検事調書を掲載します。


供述調書
平成九年七月七日付

(氏名等省略)

一           (略)それでは、前回に続いて話します。
 前回話したように、平成九年五月二四日昼頃に、「タンク山」山頂付近にあるケーブルテレビアンテナ施設の入口前付近で、B君の首を絞めて殺したことに間違いありません。
〔この時本職は、平成九年五月三〇日付、本職作成にかかる捜査報告書添付の写真番号26及び写真番号27を示し、各写しを資料一及び資料二として、それぞれ本調書末尾に添付することとした。〕

 今お示しの写真番号26の写真は、僕が話している「タンク山」のケーブルテレビアンテナ施設の入口付近を撮影された写真に間違いなく、僕がB君を殺した場所は、その写真の中央に写っているケーブルテレビアンテナ施設の入口の前付近に間違いありません。
 また、写真番号27の写真に写っているフェンスの中の建物が、これまで僕が「鉄の建物」と言って話している建物であり、その建物の床下にB君の死体を隠したのです。

二           B君を殺した時の様子は、前回話したとおり間違いありません。
 なお、最初、B君を殺すために、B君の後ろから右腕をB君の首に巻き付け、その右腕に左腕を絡めて、B君の首を締め付けたものの、B君が死ななかったので、更にその状態でB君を強引に前に倒してうつ伏せにし、馬乗りになってB君をエビ反りにするような感じでB君の首を締め上げました。 
 それでも死ななかったので、B君を仰向けにし、仰向けになったB君に馬乗りになって、両手でB君の首を絞め付けました。
 絞め付けた状況は、両手で両手の親指と人指し指の間を、丁度、B君の喉仏の付近で交差させるようにして、親指や人指し指に力を入れて、B君の首を絞めたのです。
 それでも死ななかったので、前回話したように、側にあった石を取ろうとしたり、左足に履いていた靴紐を解き、その靴紐でB君の首を絞めて殺しました。
 僕は、B君を殺している時、前回も話したように、僕が一生懸命B君を殺そうとしているのに、なかなか死なないB君に対し、腹が立ったりしましたが、同時にB君を殺しているという緊張感、あるいはなかなか死なないB君に対する怒り等も含めて、殺していること自体を楽しんでいました。
 そして、最終的に、B君が死んだと分かった時、僕は、B君を殺すことが出来、B君を支配出来て、B君が僕だけのものになったという満足感でいっぱいになりました。
 その満足感は、それまで僕が人を殺した時のことを考えて、得られるであろうと思っていた満足感よりももっと素晴らしいものでした。
 確かに僕は、三月一六日に、須磨区竜が台で、二人の女の子を殴ったりナイフで刺したりし、後日、僕がハンマーで殴った女の子は死んだということを知りましたが、この時は、一瞬のことであり、大した満足感は感じませんでした。
 しかし、B君の場合は、殺すのになかなか時間が掛かったので、それだけ満足感が得られたのです。
 B君を殺したことによって感じた満足感は、あまり長続きせず、死体をどこに隠そうか等と考え始めた時には、満足感は消えていました。

三          B君を殺した後、B君の死体を隠したりした状況についても、前回話したとおり間違いありません。 B君の死体を隠した時の絵を、今描きましたので、提出します。
〔この時本職は、被疑少年が任意に作成し、提出した図面を受け取り、資料三として、本調書末尾に添付することとした。〕
 僕が、B君の死体をケーブルテレビアンテナ施設の鉄の建物の床下に隠した状況を絵に描きましたが、刑事さんからケーブルテレビアンテナ施設の鉄の建物については

局舎

と呼ばれていると教えて貰いましたので、図面には「局舎」といって書いています。

衝動

四           B君の死体を隠した後、前回話したように、その日の午後四時に

というビデオショップで

××君

××君

と待ち合わせしていたことから、ケーブルテレビアンテナ施設の入口に掛かっていた南京錠を切るのに使った「糸ノコギリ」は、「局舎」の側にあった溝の中に隠しました。
 その溝には、落ち葉がいっぱい貯まっていたので、その落ち葉の中に隠しました。
 隠した場所についても、先程提出した図面の中に書きました。
 その後、××君達と遊んで、僕が家に帰ったのが、午後六時過ぎ頃だったと思います。
 家に帰ると、お母さんが、僕に

B君が、何かおらんようになったみたいよ。

と言いました。僕は、B君を殺して来た等とは言えないので、お母さんには

ふうーん。

と返事しました。
 僕は、その後、家の二階にある僕の部屋へ上がりました。
 僕の家は二階建てで、一階は居間と両親の寝室と、台所、風呂等があり、二階は、僕の部屋と二人の弟が使っている部屋があります。
 僕は、二階の僕の部屋に行った後、疲れていたので、ベッドに横になり、寝てしまいました。
 それで、その日の夕御飯は食べていません。
 僕は、早く寝てしまうと、よく夜中に目が覚めるのですが、この日も夜中に目が覚めてしまいました。
 時計を見ていないので、何時頃目が覚めたかまでは分かりません。
 目が覚めた僕は、今日一日のことを振り返りました。
 B君を殺した時の様子等を思い出していたのですが、その内、ケーブルテレビアンテナ施設の入口の南京錠を切るのに使った糸ノコギリを施設の中に隠しているのを思い出しました。
 糸ノコギリがあるということを思い出した僕は、自然にフッと僕の頭の中にその糸ノコギリで人間の首を切ってみたいという衝動に駆られました。
 もっと具体的に言うと、人間の身体を支配しているのは頭だから、その司令塔の頭を胴体から切り離してみたい、その時に手に伝わってくる感覚や、切った後の切り口も見てみたいと思ったのです。
 僕自身、これまで何十匹という猫を殺して、首を切ったりしましたが、猫だと、ナイフ一本で簡単に切れるし、もっと大きなもの、しかも僕と同じ種族である人間を切ってみたいと思いました。

問      人間の首を切ってみたいという衝動は、それ以前からあったのか。

答  以前にも考えたことがあるかもしれませんが、仮に考えたとしても、その後ずっと忘れていて、この時、急に衝動に駆られたのです。

 そこで、僕は、明日すなわち五月二五日の日に、再び「タンク山」のケーブルテレビアンテナ施設へ行って、隠している糸ノコギリで、B君の首を切ってやろうと考えました。
 そして、再び、寝たのです。

五           五月二五日は、いつものように午前一0時から一二時の間に起きたと思います。
 そして、いつものように自分でパンを焼いて食べ、昼過ぎ頃、B君の首を切るために自宅を出ました。
 自宅を出た時間は、時計を見ていないのではっきりしたことは分かりませんが、午後一時から午後三時までの間だったと思います。
首を切るのに準備したのは

ビニール袋二枚

でした。
 僕は、人間の首を切ると滅茶苦茶血が出ると思いました。
 そして、血を現場に残していると、何となく足が付き易くなるのではないかと思ったので、血を入れるナイロン袋が二枚位いると思ったからでした。
 それで、家の台所の食器等がたくさん入っている棚に、引き出しが付いているのですが、その引き出しの中から黒色のビニールのゴミ袋を取り出して持ちました。
 また、B君の首を切った後、糸ノコギリをどこかに捨てようと考えていたので、その糸ノコギリを持ち運ぶために、学校で使っている

補助カバン

を持って行くことにしました。
 また、僕は、「龍馬」のナイフを三本と出刃包丁一本を持っているのですが、「龍馬」のナイフ三本の内、二本は親に見付かって取り上げられていたので、僕が自由に使えるのは一本だけでした。
 この一本は、大体家を出る時には持ち歩いていたので、この時もジーパンのポケットに入れたのか腹に差して持って出ました。
 そして、ママチャリに乗って、直接「タンク山」へと向かいました。
「タンク山」の下へ着き、自転車を停めましたが、五月二四日にB君を連れて「タンク山」へ行った時には、焦っていたので、「チョコレート階段」の下に自転車を停めていたものの、五月二五日は、時間に余裕があったので、より人に付かないようにと思い、本来「タンク山」へ登っていく道の入口よりも右側に自転車を停めました。
 この日僕が、ママチャリすなわち自転車を停めた場所については、只今検事さんから「タンク山」周辺の地図を渡されたので、その地図に赤のボールペンで

×

という印を書き込みました。
〔この時本職は、被疑少年が任意に作成し、提出した図面を受け取り、資料四として、本調書末尾に添付することとした。〕
「タンク山」の下に自転車を停めた後、僕は、補助カバンを腹に挟み、ビニール袋は、ジーパンのポケットに入れて、「タンク山」へと登って行きました。
 なお、「タンク山」に登り始めた時点で、僕は手袋をしました。
 この手袋は、B君を殺した時に僕がしていた手袋と同じ手袋でした。
 ただ、「チョコレート階段」を登って行ったのか、あるいは車が通る道を登って行ったかについては、はっきり覚えていませんが、そのどちらかの道を辿ったことに間違いありません。
 そして、「タンク山」中腹にあるタンクの周りを通って、獣道から「タンク山」山頂付近にあるケーブルテレビアンテナ施設へと行きました。
 この時、僕は、新たに付け替えた南京錠の鍵を持っていたので、その鍵で、南京錠を開けました。

問        君は、当初、「付け替えた南京錠の鍵は五月二四日の日に捨てた」と話していなかったか。

答         話していたと思いますが、それは、僕の思い違いだったと思います。

切断

六         ケーブルテレビアンテナ施設の中に入った僕は、先程提出した図面に書いた場所に隠していた糸ノコギリをまず取り出しました。
 その後、「局舎」の床下に隠していたB君の死体の肩の服の部分をしゃがみ込んで引っ張り、B君の胸から上部分を床下から引っぱり出して、B君の首が溝の上付近に来るように置きました。
 その状況については、今図面を描きましたので、提出します。
〔この時本職は、被疑少年が任意に作成し、提出した図面を受け取り、資料五として、本調書末尾に添付することとした。〕
 僕は、ただ「B君の首を切りたい」とだけしか思っていなかったので、別にワクワクするといった気持ちなどはありませんでした。
 その後、僕は、B君の首の下付近に持ってきていた黒いビニール袋の内の一枚の口を開けて敷きました。
 この時、B君は、仰向けの状態でした。

問         B君の死体の目や顔を見ながら、その首を切るのに抵抗はなかったか。

答         別にありませんでした。僕が殺した死体であり、いわば僕の作品だったからです。

 そして、僕は、横たわったB君の右側に中腰か片膝を着いたかまでははっきり覚えていませんが、持っていた糸ノコギリの柄と先の曲がって曲がっている部分をそれぞれ持ち、一気に左右に二回切りました。
 すると、肉が引っ掛かったというような感じではなく、ノコの刃が細かったせいか、スムーズに切れ、切り口が見えました。
 それで、僕は、この糸ノコギリで、人間の肉が切れるのだと確認し、更に、左手でB君のおでこを押さえながら、右手で首を切っていきました。
 僕は、今、現実に人間首を切っているんだなあと思うと、エキサイティングな気分になりました。
 首の骨は、肉を切る時の手応えとは違い、硬いというか、ノコの刃は進んでいるのだけど、なかなか切れないといった感じでした。
 段々と首を切っていく内に、段々と頭の安定が悪くなったので、最後に僕は、B君の首の皮が一枚になった時に、左手でB君の髪の毛を掴んで、上に引っ張り上げ、首の皮を伸ばして、一気にその首を切りました。

七          この様にして、B君の首を切り落としたのですが、その首を地面の上に置いて鑑賞しました。
 地面に置いたB君の首を正面から見ましたが、しばらくは、この不可思議な映像は僕が作ったのだという満足感に浸りました。
 ところが、しばらくすると、B君の目は開いたままで、眠たそうな目をして、どこか遠くを眺めているような目をしていたのです。
 更に、B君が、僕の声を借りて、僕に対し

よくも殺しやがって。

苦しかったじゃないか。

という文句をたれました。それで、僕は、B君に対し

君があの時間にあそこにいたから悪いんじゃないか。

と言い返しました。すると、B君は、更に文句を言ってきました。
 その時、僕は、死体にまだ魂が残っているので文句を言うのではないかと思い、魂を取り出せば黙るだろうと考えました。
 そこで、僕は、遠くを見ているような眠たそうなB君の目が気に入らなかったので、持ってきていた「龍馬」のナイフを取り出して、まずB君の両方の目を突き刺しましたが、正確に眼球を突き刺したかどうかまでは分かりません。目を突き刺した後、二、三回ずつ両方の瞼を切り裂き、更にB君の口の中にナイフを入れて、口の方から、それぞれ両耳に向けて切り裂きました。
 B君の瞼を切ったり、口を切り裂いた様子は、今図面を描いたので提出します。
〔この時本職は、被疑少年が任意に作成し、提出した図面を受け取り、資料六として、本調書末尾に添付することとした。〕
 この様にしてB君の口等を切り裂いた後、更に、B君の顔を鑑賞し続けましたが、その後は、B君は文句を言わなくなりました。

問   君の話によると、最初、B君の目は開いていたということだが、君が今描いた絵によれ
ば、B君の目は閉じているのは何故か。

答    それは、僕がB君の瞼を上から下に切ったので、それで目が閉じたのだと思います。

 その後のことは、後日話します。

(署名・拇印)
(以下略)

 

 

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